【ヴィーガン】「植物なら殺して良い?」 本当の答えとは

最近、肉や魚のみならず、卵や乳製品といった動物性の食品を一切口にしない完全菜食主義者の「ヴィーガン」が世界的に急増している

動物愛護や環境問題への意識の高まりや、ヴィーガンを公言するセレブリティの影響が背景にあると言われ、ヴィーガン食を提供するレストランが続々と出店しているなど、若い世代を中心にヴィーガンはトレンドになりつつある

そんな中で、ヴィーガンの人に対して「動物は殺さないのに、植物は殺して良いの?」という質問をよく目にするようになった

こうした「ヴィーガンの植物に対する考え方」の議論は度々あるが、あまり納得のいく答えが出ていない為かヴィーガンとヴィーガンを批判する人という構図ができ、溝を深めているようにも思える

そこで今回、ヴィーガンではないけれど、植物をこよなく愛する私(マルネ)がこの質問に対して解説&自身の考え方を紹介していきます

ヴィーガンのタイプによって答えは異なる

「動物は殺さないのに、植物なら殺していいの?」、「植物の命を軽視しているのではないか?」といった疑問に対しての決まった答えはない

以下で詳しく解説していきます

そもそも、「動物は殺さないのに、植物なら殺していいの?」といった疑問はヴィーガニズム(ヴィーガン)がどういったものかあまり分かっていない人がヴィーガンに対するイメージから素朴に思い浮かべてしまう疑問だと思う。ヴィーガンについて理解すると、自ずとこの質問の意味がないことがわかる

そもそもヴィーガンとは何か

ヴィーガン(ヴィーガニズム)とは、「人間は動物の摂取なしで生きるべきであるとする主義」のこと

よくヴィーガンというと、「動物を食べない人」と思われがちだが、ヴィーガンの考え方は「食」だけに留まらない

完全菜食主義者=ヴィーガン では無い

上記でも触れたが、ヴィーガンの考え方は「食」に止まらない

そのため、完全菜食主義者であればヴィーガンか?というとそれは少し違う

ヴィーガニズム(: veganism)は、人間が動物を搾取することなく生きるべきであるという主義。その範囲は単に動物性食品を食べることを避けることから、あらゆる動物製品を避けることを含む。動物性食品を食べない、もしくは追加して動物製品を使わないということの実践とされる

参照:Wikipedia ヴィーガニズム

ヴィーガンは徹底して動物を利用した製品を避け、動物を利用したサービスを利用しないといった主義。そのため、完全菜食主義者だが、革製品を好んで使っているという人はヴィーガンとは呼べない。

「動物を殺さない」だけでなく、「動物の人為的な利用を許さない」ので、革製品を使わないのはもちろんのこと、無精卵であっても卵は食べず、蜂蜜も食べません。羊毛などの動物の毛やシルクを使った衣服も着用しません(どの製品までOKか?というのはヴィーガンの中でも意見が割れている。)

同じヴィーガンでもタイプは様々

「なぜヴィーガニズムを行うのか?その根拠(理由)は人によって異なる。」ことを理解しておく必要があります

ヴィーガニズムを行う主な理由

・環境への配慮

・動物愛護

・健康

・宗教

ヴィーガニズムを行う主な理由としては上記の4点です。これらの考え方のうち一つ、もしくは複数の理由からヴィーガンとなる人が多い様です

健康については比較的分かりやすいかと思いますが、他の3点について解説していきます

環境への配慮からヴィーガンに

同じ質量の肉と植物では、肉の方が圧倒的に生産に必要な資源の量が多いため、環境に負担が大きい肉の生産を減らすべきだという考え方

一人の人間が1年間に食事をとるのに必要な農場の広さは、ヴィーガンの人と比べると、一般的な肉食の人(アメリカ人)では18倍の面積が必要になるとのデータもあり、この考え方には一定の合理性があると言える

世界人口は現在急速に増加しており、将来訪れる可能性のある「食糧危機を避けるために」という思いを持っている人も多い

世界人口は現在の77億人から2050年の97億人へと、今後30年で20億人の増加となる見込みです。

参照:国際連合広報センター

動物愛護の観点からヴィーガンに

動物愛護の観点からヴィーガンになる人も非常に多い

肉を得るためには動物を殺さなくてはならない。当たり前ですが、肉を食べる人がいなくなれば、殺される動物も少なくなる

「屠殺される動物がかわいそう」、「肉を食べたり、動物性製品を使わなければ苦しむ動物が減る」といった感情的な所が大きいですが、肉だけ食べても、植物だけ食べても、どちらにしても植物は殺さなくてはならない(家畜の餌として穀物を使う)という観点から見れば、殺すのは植物だけにして、苦しむ動物を減らしたいと考えるのも一定の合理性があると言える

動物愛護の観点からヴィーガンとなっている人の中には、ごく少数であるが合理性があるとは言いにくい過激な思考・偏った思考を抱いている人もいる

偏った動物愛護の考え方

・動物を殺すことは悪でしかない

・屠殺を見たことがあるのか、人のやることじゃない

・人は肉を食べる必要がない

・全員ヴィーガンになるべきだ

・動物は可哀想だけど、植物は可哀想じゃない

・植物は痛みを感じないし、意識もないから殺していい

宗教によりヴィーガンに

インドのジャイナ教(ジャイナ教徒)は厳格なヴィーガンとして有名です

ジャイナ教の出家者には、五つの大禁戒が定められています

  1. 生きものを傷つけないこと(アヒンサー
  2. 虚偽のことばを口にしないこと、
  3. 他人のものを取らないこと、
  4. 性的行為をいっさい行わないこと、
  5. 何ものも所有しないこと(無所有)

この5つの中で最も重要で、厳守しなければならないのが1のアヒンサーです

ジャイナ教におけるアヒンサーは如何なる肉食を避けるだけでなく、植物の殺生に通じる芋などの球根類の摂取が禁じられている。さらに小さな昆虫や他の非常に小さな動物さえ傷つけないようしようと道からそれるなど、毎日の生活で極力動植物を害さないようにと少なからぬ努力を行う。

参照:Wikipedia アヒンサー

アヒンサーを守るための最良の方法は「断食」とされており、もっとも理想的な死はサッレーカナー、「断食を続行して死にいたる」ことであるとされている

「サッレーカナー」はジャイナ教徒の中でも一部の人にしか許されていませんが、生き物を殺して生きるくらいなら、餓死する方が良いという究極の思想を持つのがこのジャイナ教である

植物を殺しても良いのか?の答え

上記でご紹介した様に、ヴィーガンにも様々なタイプがいるため、植物に関する考え方もそれぞれ異なる

環境に配慮してヴィーガンになっている人に対して「動物は殺さないのに、植物は殺していいの?」「植物の命を軽視しているのでは?」と聞いても、「どちらの命が軽いとか重いの話ではなく、環境への影響を考えた時に、植物を食べる方が良いと考えているから」と言われる可能性は高いし、

また、理想的な死は餓死であるという考え方のジャイナ教の人に言わせてみれば、「動物も植物も殺してはいけない」と言う可能性が高い

なお、動物愛護の観点からヴィーガンになった人に対しては、多少意味のある質問かもしれないが、「動物を食べるのも、植物を食べるのもどちらにしても植物は殺さなくてはならないから、それならば動物は殺さない方が犠牲になり苦しむ生き物の数が少なく済んで良い」と言われるかもしれない

それぞれのタイプに沿って答えを考えれば、返ってくる答えはある程度想像できるし、ある程度合理性もあるので理解しやすい。

しかし、一部炎上を招きやすい答えも

炎上しやすい答え

「植物には知性がないし、痛みを感じないから殺してもいい」

「動物は殺すのが可哀想だけど、植物なら何とも思わない」

「動物の方が、命が重い」

「動物は殺さないのに、植物は殺していいの?」という質問に対して、これらの植物の命を軽視する様な回答は理解されにくいし、炎上につながる

この様な回答は、偏った思考(感情的な理由)からヴィーガンとなっているタイプの人がしてしまいがち・・

まとめ

ヴィーガンとはあくまで主義、ライフスタイルであって、統一の思想はない

そのため、「植物は殺していいの?」という質問に対しての答えはヴィーガンのタイプによって異なる

ヴィーガンとそれ以外の人の溝が深まってしまうのは、

ごく一部のヴィーガンが発信する非合理的な偏った答えと、それをヴィーガンとはこういう人達なのか、と受け取ってしまうヴィーガンについての知識不足が原因だろう

社会的なトレンドということもあって、ヴィーガンの人は今後も増えていくと思われる。ヴィーガンでも、ヴィーガンでなくても、お互いの考え方を知っておくこと、正しく理解すること、尊重することは大切だと思う

環境的な配慮からヴィーガンとなっている人に対して、「植物は殺していいと思ってんの?」なんて聞いたら、それは聞いている方が恥ずかしい話じゃないだろうか

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